函館元町ホテルに投宿し、酒場を探します。
函館山近辺、十字街と言えば函館一の繁華街でしたが、栄えていたのは半世紀も前の話だそうでして、コロナ馬鹿騒動のせいなのか普段からそうなのか函館市民でない私にはわかりかねますが、人っこ一人歩いていず目ぼしい酒場が全くありません。
下手すりゃホテルの部屋で一人寂しく晩酌か。
八王子での悪夢が蘇ります。
寿司屋で呑むことは少なく、2020年当時は皆無と言っても過言ではなかったかも知れません(過言じゃないですか、by長州力)。
先日の回転寿司考察で知らしめたように、行っても回転寿司です。
しかしこの時は、もうここを逃したら今夜は家呑みならぬ今夜は部屋呑みになりそうなので入りました。
これが寿司屋か!
先客は一家族。それも私が来て少ししてから帰って行きました。
こういう寿司屋さんってテレビなんかで見ると、一寸気疲れしそうな感じですが、こちらの大将は人懐っこく色々楽しい話しをしてくれるのでリラックスしながら寿司を日本酒で流します。
現存している弁天寿司はこちら大町と谷地頭にあります。
近くに弁天町もあるので、恐らく発祥は弁天町にあったのでしょう。
古き良き昭和の時代は数店舗あった模様。
こちらの大将も先代の暖簾分けだと思いますし、そういう話を聞きました。
話をしていて驚いたのは、寿司屋ながら酒場詩人の吉田類さんが来ていたこと。
さらに驚いたのは、函館が生んだGLAYのTERU氏もよく来るということ。
流石に、山内惠介さんも敬愛する日高晤郎さんは来ていなかったとは思います。
コロナ馬鹿騒動でない時は、外国人も沢山来るので予約した方が無難だということでした。
後々私も知りましたが、函館でも一二を争うほどの人気寿司屋さんでした。
こんな素敵な店で大将を独り占めできたのはコロナ馬鹿騒動の為せる技ですね。
今、コロナ馬鹿騒動が終わったから言えることではありますが、コロナ馬鹿騒動も捨てたもんじゃありません。
この馬鹿騒動時期に自粛しなかったおかげで、他の誰もが経験出来ないようなことをいっぱい体験させていただきました。
しかし、当時は精神的に苦しいところも多々ありましたね。
ということで弁天寿司、銀座の寿司屋を軽く凌駕する新鮮さと味です。
大将の人柄が素晴らしく、コストパフォーマンスも良いんですよ。
コロナ禍が収まった今、また行きたい名店です。






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